参議院議員 阿達雅志(あだちまさし)全国比例区

「グローバル」

世界に訪れているさまざまな
危機に対応するため、
対応力を日々、磨いています。

「伝統」

日本の文化は、世界的にも、すばらしいもの。
それを、ちゃんと未来に伝えたいと思います。

「人間力」

いつも街に出て、
その中で感じることを、
すべての判断の基本としています。

理念・政策

「明るい日本」を作るための、現実的なアプローチに取り組みます。
世界が大転換期にある中で、日本は「海図なき航海」を続けています。
さらに、少子高齢化社会、成熟経済、格差拡大など数々の課題を抱える「課題先進国」ですが、各国に先んじてこれらの課題を乗り越える潜在力を持っています。
しっかりした状況認識に基づく戦略によって、「明るい日本」を作ります。

政策

グローバル

日本は、アジアで最初に先進国の仲間入りをし、国際社会に加わりました。
経済、社会分野のグローバル化は避けようのないところです。
日本も一国だけでは生きていけません。
グローバル化の大波に翻弄されずに、しっかり舵取りし対応していくことが大事です。

伝統

日本の強みは、その歴史、伝統、文化から生み出される繊細さ、精緻さ、精神性です。
この特性を生かし、単なる欧米流の「競争社会」ではなく、日本的価値観を加味した「共生社会」を確立したいと思います。
日本的「豊かさ」を追求します。

人間力

政治はみんなの夢を実現するものでなければなりません。
そのためには、いろんな話しを聞き、現実をしっかり見つめ、人間を考えた政治が必要です。

重点政策

  1. 日本経済の安定は大前提です。
    特に、エネルギー、通信ネットワーク、交通ネットワークなどの社会インフラの革新は国の安全保障にも直結する最重要課題です。

活動報告

プロフィール

阿達雅志(あだち・まさし)

1959年、京都市生まれ。東京大学法学部卒業。ニューヨーク大学ロー・スクール修士(MCJ、LLM )。同大Journal of international Law and Politics編集委員。総合商社勤務(東京、ニューヨーク、北京)、衆議院議員秘書を経て、法科大学院講師、外資系法律事務所勤務。東京大学大学院情報学環 特任研究員。参議院議員、ニューヨーク州弁護士。国内外のシンクタンクの国際関係、経済情勢調査研究プロジェクトに参加。雑誌等への寄稿の他、テレビでコメンテーターとしても活躍中

昭和34年 9月27日 京都市左京区で生まれる
父親の転勤に伴い、福井市、堺市、高槻市で育つ
昭和47年 高槻市立五領小学校卒業
昭和50年 京都洛星中学卒業
昭和53年 京都洛星高校卒業
昭和53年 東京大学文科1類入学
昭和58年 東京大学法学部卒業
昭和58年 住友商事株式会社入社、車輌鋳鍛貿易部にて北米向け鉄道車輛の輸出
昭和61年 米国住友商事会社ニューヨーク(エルマイラ)駐在兼Sumirail, Inc.
平成1年 米国住友商事会社ニューヨーク機械部
平成3年−
平成5年
ニューヨーク大学ロースクール留学(比較法修士MCJ, 法学修士LL.M.取得)
ニューヨーク大学ロースクールではJournal of International Law & Politics編集委員
平成4年 ニューヨーク州弁護士資格取得
平成5年 住友商事株式会社、法務部
平成8年 中国住友商事北京駐在、中国総代表室副部長
平成9年 住友商事株式会社、法務部課長
平成12年 住友商事株式会社退職
平成12年 佐藤信二(岳父:佐藤栄作元総理次男)事務所入所
平成15年 衆議院議員佐藤信二 公設秘書
平成16年−
平成26年
ポール・ワイス・リフキンド・ワートン・ギャリソン
外国法事務弁護士事務所カウンセル
平成19年 自由民主党より参議院議員選挙全国比例代表候補として出馬(17万票取るも次々点)
平成20年 日本大学法科大学院 非常勤講師
平成22年 自由民主党より参議院議員選挙全国比例代表候補として出馬(次々点)
平成24年 テレビ朝日「やじうまテレビ」コメンテーター
平成25年 BS朝日「いま世界は」コメンテーター
平成26年 東京大学大学院情報学環 特任研究員
平成26年 12月 繰上げにより参議院議員初当選
平成28年 7月 自由民主党より参議院議員選挙全国比例代表候補として出馬、2期目の当選を果たす
平成30年 10月 第4次安倍改造内閣で「国土交通大臣政務官兼内閣府大臣政務官」に就任
※ 青太字=現職
参議院
所属
委員会
経済産業委員会(平成26年12月~27年9月)
憲法審査会(平成27年1月~現職)
東日本大震災復興特別委員会(平成27年1月~現職)*平成28年東日本大震災復興及び原子力問題特別委員会より名称変更
議院運営委員会(平成27年11月~28年9月)
国土交通委員会(平成27年11月~28年9月)
外交防衛委員会筆頭理事(平成28年9月~29年9月)
決算委員会(平成28年9月~30年10月)
情報監視審査会運営幹事(平成29年9月~30年10月)
国土交通委員会理事(平成29年9月~30年10月)
国土交通委員会(平成30年~現職)
国家基本政策委員会(平成30年10月~現職)
内閣 国土交通大臣政務官兼内閣府大臣政務官(平成30年10月4日~現職:第4次安倍改造内閣)
自由民主党 自由民主党東京都参議院比例区第六十七支部 支部長(平成27年3月~現職)
〈政務調査会〉
国土交通副部会長(平成27年11月~28年8月)
法務副部会長(平成27年11月~28年8月)
外交部会長(平成28年8月~30年10月:自民党史初の二期連続 第58代・59代)
北朝鮮核実験・ミサイル問題対策本部事務局長(平成28年9月~30年10月)
外交再生戦略会議事務局長(党則74条機関)(平成28年9月~30年10月)*名称変更により外交戦略会議事務局長
対北朝鮮総合対策検討PT事務局長(平成29年12月~30年10月)
競争政策調査会独禁法を研究する法律WG座長(平成29年12月~)
IR実施に向けた制度対策に関する検討PT事務局長(平成29年11月~30年10月)
知的財産戦力調査会コンテンツ小委員会事務局長(平成29年11月~30年10月)
〈組織本部〉
運輸・交通関係団体委員会副委員長(平成27年11月~28年8月)
安全保障関係団体委員会副委員長(平成28年9月~29年9月)
運輸・交通関係団体委員会副委員長(平成29年9月~30年10月)
中央政治大学院副委員長(平成27年11月~30年10月三期連続)
所属
議員連盟
港湾、海事振興、タクシー・ハイヤー、トラック輸送振興、個人タクシー応援、自動車、中古車、自動車整備、地下鉄推進、鉄道政策勉強会(事務局長)、電力安定供給推進、観光振興、LRT(新交通システム)推進、FCV水素社会実現促進、保険制度改善推進、介護福祉、日本会議、賃貸住宅対策、武道、郵活連、情報産業振興、海岸保全整備推進、日華懇、司法書士制度推進、弁理士制度推進、赤字ローカル線災害復旧等支援、「みなと版」道の駅検討会、水力発電促進、鉄道(事務局長)、海外インフラ輸出促進、航空、気象業務振興、民事司法改革推進、エネルギー・化学産業振興、ロボット政策推進、日本イスラエル友好、参議院日本ブルガリア友好、日本ガーナ、日本マケドニア(事務局長)、日本チベット国会議員、日本・バチカン友好(事務局長)、政府開発援助(ODA)拡大、等々
(順不同)
協議会
関係
「日本海沿岸地帯振興連盟(顧問)」
「日本海側海洋エネルギー資源利用・ガスパイプライン整備促進部会」
「指定都市を応援する国会議員の会」
「熱海港客船誘致委員会(顧問)」
「(公財)日本武道館 評議員」*政務官就任により退任(平成29年6月13日~平成30年10月16日)
趣味 山歩き、サイクリング、スキー、テニス、剣道(四段)
  • 昭和34年9月27日、京都市左京区北白川で生まれました。物心つく頃には福井に引っ越しました。昭和38年の福井大豪雪は今でもはっきり覚えています。家の一階部分がほぼ積雪で埋まり、屋根の傾斜でそり遊びができました。
  • その後、大阪府堺市の南端、浜寺に転居し、堺市立浜寺昭和小学校に入学。学校まで歩いて3分だったので、始業の予鈴チャイムが聞こえると走って駆け込んでいました。
  • 小学校3年の時に、大阪府高槻市に転居し、高槻市立五領小学校に転校。学校まで、40分の田舎道を集団登校しました。帰りは同級生たちと田んぼの中を遊びながら2時間くらいかけて帰る毎日でした。夏は近くの沢に自転車で水遊びに行きました。この地域は北摂と呼ばれ、「じゃんけん・ぽん」を「いんじゃん・ほい」というなど、大阪弁とも京都弁とも違う言葉でした。
  • 中学・高校は阪急電車と市電を乗り継いで、京都洛星中学・高等学校に通いました。片道1時間。中学1年から高校1年まで剣道部に所属。初段審査は、なんと毎年剣道高段者だけが参加する京都大会が行われる京都武徳殿でした。今思うと少年野球クラブの入部テストを甲子園でやるような話です。
  • 京都祇園会館という映画館にも良くみんなで行きました。自宅は、高槻でしたが、私にとって、町中へ出るというのは河原町に出ることで、友人との付き合いで完全に京都弁になりました。生まれも京都なので、京都人と称しています。
  • 1978年、東京大学入学とともに東京暮らしを始めました。大学では、「山の会」というサークルに参加。卒業後に登った山も含めて、深田久弥の日本百名山のうち、67山を制覇しています。百名山制覇はまだ諦めていませんが、残り、33山はなかなか登りにくい場所が多いので、時間的に難しいかもしれません。法学部に進学しましたが、山登りに忙しく、一年留年しました。
  • 1983年、住友商事に入社。車輛鋳鍛貿易部という部署の北米向け鉄道車輛の輸出プロジェクトを担当する課に配属されました。
    配属初日の仕事が、当時、住友商事が商社連合のリーダーとして国鉄と進めていたカルフォルニア新幹線建設計画に関する地元住民の反対運動の住友商事宛抗議レターの翻訳でした。この計画は翌年に米国側の資金難で頓挫しましたが、近年になって復活しており、日本の新幹線の輸出と聞くと感慨深いものがあります。
  • 翌年、米国内メーカー発掘のために、サンフランシスコからニューヨークまで5000kmを1ヶ月半かけてレンタカーで回り、町工場のような会社を100社近く訪ねました。
    英語には本当に苦労しましたが、日々の実戦で気後れはしなくなりました。
  • この頃、一か月の残業時間が200時間近いこともありましたが、全く苦にならず夢中で頑張ったものです。当時でも人事部にはいつも叱られていましたが、今では労働基準局が絶対に許さないでしょう。
  • 1986年に落書きだらけのニューヨーク地下鉄車輌を、新車同様に修理するプロジェクトを受注しました。
    プラザ合意後の円高で日本からの輸出が困難になったので現地化に取り組もうというものでした。その契約履行のため、ニューヨーク駐在となりました。ニューヨークと言っても、ニューヨーク州北部、マンハッタンから350マイル離れたエルマイラという小さい町です。米国屈指の凶悪犯を収容する連邦刑務所が3つある以外は何もないところで、マーク・トウェインが「トム・ソーヤの冒険」を書いた地です。そこでアメリカン・スチールの子会社の橋梁工場跡を改造して、車輌工場とし、部品の買付けから修理作業、検査まですべてを行いました。
  • テレビドラマ「大草原の小さな家」のような田舎での3年半はアメリカについての考え方を大きく変えました。
    ニューヨークやロサンジェルスのような大都会ばかりクローズアップされますが、アメリカの大半は大自然の田舎町でした。
    400輛の車輌を納入し、エルマイラの工場を閉鎖した後、ブルックリンで品質保証、遅延損害金交渉などの事後処理に当たりました。
  • 鉄道ビジネスも単にセールスだけでなく、製造にここまで関与すると、ひとかどの「鉄ちゃん」だと自負しています。
  • プロジェクトがすべて完了した後、ニューヨーク大学ロー・スクールに会社派遣で2年間留学させてもらいました。
    この間親しくなったアメリカ人学生や各国からの留学生とは今でも親しくつきあっています。
    当時、企業派遣の留学生がよくとっていた「独禁法」「特許法」と言ったコースはとらず、「ホワイト・カラー犯罪」とか「イスラム法」と言った変わったコースばかりとっていましたが、最近の様々な問題を理解する上で非常に役立っています。
  • その後、7年ぶりに、東京に戻り、法務部に異動となりました。企業法務を海外案件を中心に担当しました。社内のほとんどの営業部門の人たちと仕事をさせてもらい、外国政府や海外企業との契約交渉や訴訟を経験しました。
  • 1996年に中国北京駐在となり赴任しましたが、直後に、住友商事で銅先物取引巨額損失事件が発覚し、その後3年半、その対応を担当しました。英米規制当局との交渉、日本の捜査当局への協力、米国で起こされた膨大な数の訴訟対応、関与した欧米金融機関に対する損害請求など、会社の危機対応の最前線で実務に携わりました。
    世界金融の厳しさと、当時日本にはまだ広まっていなかったコンプライアンスの重要性を実感しました。
  • この時に、全面的に内部調査、訴訟対応を手伝ってくれたのが、後に働くことになるPaul, Weiss, Rifkind, Wharton & Garrisonという米国の大手法律事務所でした。米国のトップ中のトップと言える訴訟弁護士と世界規模の危機対応案件で一緒に仕事をしたのは貴重な経験です。
  • 2000年の夏に岳父の佐藤信二が総選挙で落選。再起を期すので手伝って欲しいということで、17年半勤めた住友商事を退職。岳父の政治活動を手伝いました。
    ビジネスとは全く違う世界に驚きの連続でした。
    2003年秋に無事、復活当選を果たしたので1年ほど議員会館で公設秘書を勤めました。
  • 2004年から、Paul, Weiss, Rifkind, Wharton & Garrisonの東京事務所でカウンセル(顧問)として働くことにしました。
    この事務所は、アイゼンハワー政権の閣僚経験者達や、JFKの補佐官だったTed Sorensenがいるなど、米国民主党中枢に近く、現オバマ政権の国土安全保障省長官も私が銅事件で一緒に仕事をしたパートナーです。
  • ここでは、日本企業や米国企業の様々な法律問題、M&A、独禁法、知的財産、マネーロンダリング、外国腐敗防止法などの訴訟案件に関与しました。
    日本企業もビジネスのグローバル化の中で、米国の法律問題に晒されることが増えています。グローバル企業のビジネス活動の最前線の動きを米国のトップ弁護士と共に共有したのは非常に大きな財産となりました。
  • 2008年から2年間、日本大学法科大学院で「国際取引法」の非常勤講師を勤めました。
  • 2012年4月から2013年3月までの1年間、テレビ朝日の朝の情報番組「やじうまテレビ」にコメンテーターとして週1回出演しました。また、2013年4月から2015年11月まで、BS朝日「いま世界は」でコメンテーターを勤めました。
  • この間、2007年、2010年に参議院選挙に自民党比例代表候補として立候補しましたが、2回とも次々点に終わりました。
  • 2014年12月に、佐藤ゆかりさんが衆議院選挙に出馬されるのに伴い、繰り上げ当選となりました。

著書

書影「政治家になった父から18歳の息子へ」

政治家になった父から
18歳の息子へ

現職国会議員が書いた主権者教育本の決定版。
民主主義国家を変えるのはデモではなく選挙だ。

  • 第1章 政治を変えられる最強の手段が選挙だ!
  • 第2章 政治家は 結果がすべて
  • 第3章 政治だって自分の頭で考えれば面白い!
  • 第4章 国会議員って毎日何やっているの?
書籍名 政治家になった父から18歳の息子へ わが家の主権者教育
著者 あだちまさし
出版社 PHPエディターズ・グループ
発売日 2015年11月
ISBN 4569827586 / 9784569827582

ページ数 127ページ

書影「世界パラダイム・シフト」

世界
パラダイム・シフト

近代モデルの閉塞、20世紀パラダイムの終焉。
21世紀、非連続なグローバル社会が始まる!
「複雑系」の時代に、日本の危機と戦略を問いなおす。

  • 第1章 複雑化する世界
  • 第2章 世界が変わった(主役が変わった / 戦争が変わった / 政府の役割が変わった/二〇世紀パラダイムの終焉/ 非連続なグローバル社会)
  • 第3章 立ちすくむ日本(政治の「失われた二〇年」 / 経済の「失われた二〇年」)
  • 第4章 甦れ日本(失われた国家目標を探して / 新たな道 / 成熟経済へのソフトランディング / 「電力危機」から「環境革命」へ)
  • 第5章 日本の危機管理
書籍名 世界パラダイム・シフト
著者 阿達雅志
出版社 VNC
発売日 2013年12月
ISBN 4434187287 / 9784434187285

ページ数 210ページ

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